システム開発会社の音楽作り「Days」前編

Keiichi Hashimoto Keiichi Hashimoto
システム開発会社の音楽作り「Days」前編

はじめに

シグマコンサルティングでは何でも作ってみる!のマインドの元、色々な物づくりを行っています。 例えば自社でビールや洋服を作成しています。

ビールを始め物づくりの過程を知ると、プログラミングやWEBサービス構築などに役立つ沢山の知見を得ることができます。これまで知らなかった進め方や新しい人と会うことによって、プロジェクトの進め方や課題解決の手法が広がります。要求定義や要件定義の重要性もより痛切に感じます。ちゃんと何がしたいのか、要求が定まっていないと深い沼に連れて行かれます。経費を使う言い訳じゃなくホントだよ😅

今回は、自分で音楽を作ってみようという事で、この音楽作品が出来るまでを紹介したいと思います。

作った曲 Days feat.Orca

聴いてくださいよ、この素晴らしい歌声。 Orcaさんの歌声ヤバくないですか?キュートなのに芯があり、毎日聴きたくなるような素敵な声。

この曲はポジティブ要素が強く、あとポップパンクと言われるようなジャンル寄りです。ポップパンクは2000年代に流行った気がする。

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元ビジュアル系

20年以上前のこと、1996年頃のことですが、僕は全く注目されないバンドのギタリストでした。当時はLUNASEAやラルクがブレイクして、その後進があれよこれよと出てきた頃で、ライブハウスも比較的人が多かった頃だった気がします。

今のIT技術ブームでAzureというカテゴリを愛して頑張れているのは、自分の特色をちゃんと出さないと目立たないし、大好きじゃないとそれで生きていけないというのをビジュアル系を通じて学んだ事によります。

冴えないビジュアル系バンドのいちギターだったわけですが、当時として僕は自称革新的で、ギターとギターシンセ(GR-09)

Roland GR-09

を繋いでバンドに溶け込みもしない実験的なサウンドを奏でていました。ギターにピアノを混ぜて、渦巻くシンセと音切れしない無限ディレイと、という感じでメロディーを支える伴奏でもなくあらゆる楽曲に混乱をもたらす…。寛容なメンバーでなければ、クビにされていたはず…。

某氏

ビジュアル系なのにハーフパンツはいてて、すね毛剃ってないなど世界観を作るには、ほど遠い存在なのでした。 ファンレターなるものも、何回かもらったことがあるものの、その感想が「何がしたいのか、よくわからないけど楽しそうで良かった」と評価つけ難いものを多数頂いていた事を思い出します。

当時本気で(というか何事をやるにも本気で)曲を何曲も作曲していたわけですが、大人数の前で披露する暇もなく、若気の至り的にバンド活動を終えます。

最後はモチベーションだけではなくお金がなくて、就職活動の為に、ギターを売って電車賃を稼ぐくらいで、まさに夢破れるでした…。あの時売ったフェンダーのストラトは今誰の手元にあるのだろう…。

きっかけ

そんな不完全燃焼中年も今年で43になるわけですが、「人は20歳で手に入らないものを永遠に追い求める」という至言をくれた仲間がいます。

ご多分に漏れず僕も20歳で諦めた音楽というものが常々頭の片隅で気になっていました。ちなみに20歳で手に入らないもので生涯手に入らない代表格に異性にモテたいというのも含まれるようで、「こじらせた中年」というまさにその一言に尽きるのかもしれません。かれこれ1996年くらいからだから25年くらい。こんな感じで果たされなかった10代の夢は恐ろしい呪詛です。最近は呪術廻戦が好きな中年です。

まともな理由に戻ると、当時組んでいたバンドで、唯一心残りだったのが、ツインギターの一角をなす谷池さん(ビジュアル系なのにイタリア風イケメンだった)の曲を世の中にお届けする方法はないか?というのを就職して以来、常々考えていました。これは下心ではなく谷池さんの曲はとても良い。誰が良いって言わなくても僕の為に良いし僕が毎日聞きたい。

自社ビールを作って思ったのですが、自分が欲しいものを考えると、ビールだけじゃなくて自分が好きだった音楽も含まれ、特にバンド時代のオリジナル曲の音源が何より欲しい(ハンターハンターの最新刊くらい欲しい)となります。自分のために自分で作るって尊くないですか?大人になるとお金の為とか他人のためというのが普通になってしまうけど、何より自分のために作る。

こうして、僕の昔のバンド音源作りプロジェクトがスタートします。

まずは合宿2018春

兎にも角にも、まずは合宿という事で、有名な山中湖サウンドビレッジで合宿しましたが、今回の調査では特に何の成果も得られませんでした。

山中湖サウンドビレッジで合宿

中年が久方ぶりに集まると、思い出話に花を咲かせるもので、思い出話からの最近どうなのよ?皆良いおっさんで当時ブリーチしまくってた髪も大分スカスカになってきたよね、クラフトビールうまいよねで概ね終わり。

20歳当時は本当にお金がなくサイゼリアでグラスワインが飲める奴が富豪で、デカンタというものは赤でも黒でもない高級な種類ということで飲んだこともなかった。

サウンドビレッジはスタジオにお酒が持ち込めるし、なんならそのままスタジオで寝ても良いという天国のような場所で酒を飲みながらごくたまに演奏という感じ。

最後は入浴時間があと10分になった共用浴場に中年三人で滑り込み、キツキツの浴槽に三人でボブスレー如くおさまるという、凄まじい絵面で終わるのでした。

山中湖サウンドビレッジで合宿

この何の成果もない合宿後、焦った僕らはエンジニア兼ミュージシャンとして並々ならぬ実力をもつ桜井さんに相談する。 が、桜井さん曰くどう考えても皆の演奏力では到底不可能ではないか、それよりスタジオ一発録りはどうだい?(なんか僕たちやっぱり素人モノなんですね…)という有難い提案にぐうの音も出ず、いったん活動は止まるのでした。ぐへっ。

DTMとの出会い

2019年の夏まで時は進み、僕はTwitterで誰かが紹介した記事で、DTMならここまでできるというような記事を見つけた。DTMというのはパソコン上で全て録音編集していくようなやつのことで、初音ミクとかでも普及したあれです。2010年くらいにちらっとみたときは、生バンドっぽいのを出すならあんまり使えなさそうという印象だったんだけど、どうやらテクノロジーが進化した模様。

これは眼から鱗で、僕らがめちゃんこ使いこなしているWindowsのテクノロジー、ソフトウェア、プログラミングを使いこなせば、いちいちスタジオに行って機材を借りて1パートずつ録音することが必要ではない、デジタルでなんでも再現できるので、スタジオやアンプとかの機材を借りなくてもテクノロジーの力で本物っぽい音源を作れる事を知りました。

そうだよ、下手なりにもテクノロジーで何かできるのではないか?クラウドも同じで、極めるとその先で大きな価値を生み出せる。DTMもテクノロジーをアシストにきっと凄いものが作れるようになる。

これが最も僕を動かすモチベーションとなったのでした。

2019年夏お盆は一週間引き篭もる

親戚のお盆イベントを全てブッチした僕はDTMなるものをマスターしようと取り組み始めます。 この夏はどこもでかけず一週間でどこまで行けるか突き詰めたのでした。

手始めは中年の憧れや、拗らせの元、LunaSeaで、ROSIERをDTMしてみようではないか。 人生ベストソング10を作る際にROSIERを選ぶ人は少なくないと筆者は考えます。 ライブで何回聴いても飽きない、没頭する盛り上がり。 Bメロが凄い曲って意外となくて「揺れて揺れて今心が」壮絶に刺さる。 StudioOneという無償のDTMを使い、

  • ドラムを打ち込み
  • ベースを打ち込み、
  • ギターをINORAN分とSUGIZO分弾き
  • ソロをイマイチ盛り上がらない感じで弾き、
  • ボーカルは初音ミク御大にお願いし

作品は出来上がります。

でも高校生の時はINORANパートだったので、一週間でSUGIZOパートを弾けるようにするのはとても大変だった…。

できた作品はこちらです。

なかなか恥ずかしい出来栄えで、レコーディングというのは各パートをそれぞれ録音する位しか理解していなかったのがわかります。

本当は各パートに必要なエフェクトをかけるべきで、ミックス時にコンプレッサーやリバーブ等のエフェクトもかける。最後はマスタリングで皆んなが聴きやすい音源にイコライザーなどで化けさせるものですが、当時の理解レベルは録音するだけって程度。

というか肝心のギター演奏も高校の学園祭レベルでヤバい。音源にすると腕前は残酷に明るみに出てくる。

誰か助けてクレメンス

自作ROSIERで己のレベルを痛感した僕は一つの結論に辿り着きます。誰かに教えを乞う必要があるのではないか?と。自学自習では限界があるのではと。

元マイクロソフト本社勤務、元サイトコア日本法人社長で、ギターの腕もバリバリの片山さんが、音楽プロデューサーをやっているという話を思い出すのでした。

片山さんとのメッセージ

快諾していただき、プロジェクトが始まります。

後編に続く

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